東京学芸大学附属学校部研究紀要 第27集(2000.06) 抜粋

「情報」授業の実践に必要な人的環境の整備


東京学芸大学教育学部附属高等学校 教育工学委員会
川角 博、佐久間俊輔、長原美菜子、秋本 弘章、吉野 聡、大谷 晋、坂井 英夫
田中 義洋、菅野 晃、右田 邦雄、田中 正雄、遠藤 信也、酒井やよい
遠藤真紀子、小久保理恵

東京学芸大学(TA;学部学生、大学院生)
谷口総一郎、森棟 隆一、加賀沢葉子、清水 悠子

1 TT体制と教育工学委員会
1999年度から1年生に必修1単位で始めた「情報」授業は,教育工学委員14名を中心として,ティームティーチング(TT)によって授業が行われた。この授業体制は当然のように始まり,様々な成果をもたらしている。しかし,この体制を当然のものとした背景には,過去の様々な努力がある。TT体制を確立し,成果を上げることが出来たのは,単に「個々の教官の意欲が高かった」ということではないのである。

1-1 教育工学委員会の活動
本校教育工学委員会は,もちろん情報授業のために設置された委員会ではない。本校で,インターネットの活用研究が始まる以前からの委員会である。当初の目的は,各教科代表が集まり,視聴覚機器や情報機器等の購入調整,管理・運用,利用方法の研究開発などを行うものであった。1995年度よりインターネットを中心とした,コンピュータ・ネットワークの教育への活用研究が始まり,教育工学委員会がこの研究の中心となった。これ以来,コンピュータ・ネットワークの管理・運用・活用に関する実践的研究開発を行ってきた。以下に過去5年間における,本校教育工学委員会を中心としたおもな研究活動を示す。

教育工学委員会によるコンピュータネットワークの教育利用に関する活動
1 マルチメディア通信共同利用実験 (平成7年度?8年度)
2 GOINのGlobal School House Project(平成7年度?8年度)
3 GSH(Global School House)Project(平成7年度?8年度)
4 オープニングデモンストレーション開催 --インターネットの教育への利用方法(平成7年)--
5 マルチメディア通信共同利用実験研究発表(平成7年)
6 インターネット公開研究発表会開催(平成8年)
7 International Students Project参加(平成8年?)--平成8年は南アフリカ、平成9年はオーストラリアにて参加--
8 高等学校におけるインターネットの教育活用に関する実践的研究(平成9年?)
9 高等学校教育へのインターネット導入の試み(東京学芸大学教育学部附属高等学校 研究紀要 Vol. 34 平成9年3月)
10 OCNシンポジウムにて研究発表(平成9年)
11 K12マルチメディア高速活用実践報告(東京学芸大学附属学校研究紀要 第24集平成9年6月)
12 高等学校教育へのインターネット活用実践報告(東京学芸大学教育学部附属高等学校 研究紀要  Vol. 35 平成10年3月)
13 文部省教育課程研究指定校(平成10年?平成11年)--情報化に対応した教育課程の編成とその実践--(平成11年3月 中間報告)
14 遠隔望遠鏡による天文授業(平成10年)
15 第40回高等学校教育研究大会(広島);「情報化に対応した教育の実践」を発表(平成10年)
16 「情報化に対応した教育の実践」(東京学芸大学教育学部附属高等学校 研究紀要Vol. 36 平成11年3月)
17 実践教育研究;1年生に必修1単位「情報」授業開始,IPAその他との共同実験も実施(平成11年度)
18 「情報」授業の実践;情報処理学会sss99研究発表(平成11年)
19 第41回高等学校教育研究大会(東京);「情報教育での大学との連携ーTAの実践」を発表(平成11年10月)
20 第41回高等学校教育研究大会(東京);「情報教育を中心とした総合学習?TTの実践」を発表 (平成11年10月)
21 公開授業研究会実施;情報化に対応した教育の実践 -21世紀を支援する情報教育-(平成11年10月)
22 教官研究費プロジェクト;情報化と総合化に対応したコンピュータネットワーク・マルチメディアの  高等学校教育への活用に関する研究--「情報」授業の実践に基づいて(平成11年度)
23 教育改善推進費による一般公募プロジェクト;新教科「情報」の総合的学習への応用に関する研究 (平成11年度)
24 文部省研究開発指定校;生徒の認識と学習観の発展を支える小・中・高一貫した教育(平成11年度)
25 学長裁量経費プロジェクト;「小中高の系統的な情報教育とその教育支援活動に関する研究」(平成11年度)
26 「情報化に対応した教育課程の編成と実践」(東京学芸大学教育学部附属高等学校 研究紀要Vol. 37 平成12年3月)
27 平成10,11年度文部省教育課程研究指定校「情報化に対応した教育課程の編成とその実践」研究報告書(平成12年3月)

 もちろん,これら研究活動を実施するための校内ネットワークや端末等ハードウェア的な充実,保守,管理,その運用等に関するソフトウェア的な開発等も必要である。これらも教育工学委員による深夜にまで及ぶ献身的な活動に支えられてきた。教育工学委員の手により,5年間で校内に隈無くethernet回線が敷設され,きわめて利用しやすいコンピュータネットワークが完成し,あらゆる部屋からインターネットに接続できる環境ができあがった。コンピュータ室,視聴覚室も委員による手作りである。これらの活動には,生徒用と教官用のネットワークの分離工事など,常に現実的な高等学校教育でのコンピュータネットワーク活用のために最適なシステムを追究するかたくなな姿勢が現れている。

1-2 教育工学委員会を支えるもの
このように活発な教育実践研究が可能であったのは,全校的な理解と協力体制,それに理想的な教育工学委員会の形成にある。様々な能力を持った教官が,優れたチームワークを構築できなければ,現在のような学校全体でのコンピュータ・ネットワークの活用,学校全体の教育方法に関わる新たな教科「情報」のTTは実現できなかったに違いない。しかし,現在の教育工学委員会は,偶然あるいは突然できあがったものではない。
この5年間,教育工学委員会は校内分掌の一つとはされているが,係り分担のカウントに入っていない。このため,特に定員はなく,委員となるのも止めるのも本人の自由である。しかし委員の人数は,校内分掌最大である。教育工学委員会メーリングリスト参加者(校長,副校長も参加している)も含めれば,全教官の半数以上が教育工学委員会に参加しているとも言える。あらゆる分掌の活動が終わってから始まるこの委員会の活動は,全くのボランティア活動であり,しかも仕事は多く,慣れない仕事できつい。もちろん,教育工学委員会の仕事をしてもしなくても給料に変化はない。つまり,委員を務める義務も,委員を務めることによる得もない。それどころか,「情報」の授業は,各人の教科の授業に単純に追加されてさえいる。教育工学委員の負担は,かなり大きいと言える。それにも関わらず,なぜ人が集まり,わざわざ苦労をするのだろうか。
その原動力は,もともと教員が持っている「教育への情熱」「奉仕の精神」「研究心」を「やりがい」が突き動かしているからではないだろうか。
教育工学委員の募集は,口コミと人間関係だけである。仲間が仲間を集め,一緒にやろうと声をかけていくのである。優れたチームワークは最初からできるべくしてできているのである。しかし,それはお互いに厳しいことも自由に言い合えるチームワークでもある。教育研究にやる気のある教官が集まり,さらにやる気を高めていく委員の姿勢が,お互いを刺激し,研究を推進しようとする力となっている。
自由参加の分掌であるがために,必要な人数をいくらでも集めることもできる。もちろん人が集まる魅力が必要ではある。この委員会の研究が,日本の情報教育にとって重要な役割を担っている,あるいは担うべきだとの自負に支えられ,現場が本当に使える情報教育システムを実践的に研究し,その成果を自ら確かめながら世に訴えていく機会を持ち,研究のはじめから実証までを全て自ら完結させてきた。教育工学委員会は,これをこの5年間の活動で次々と示してきた。これは,代々の教育工学委員のやる気と実践が次々と良い方向に活動を積み上げてきた成果である。
このような活動の積み上げができた要因として,教育研究を直ちに実践する環境があったと言える。その環境とは,教育臨床研究として様々な試みを「情報」の授業をはじめ,各教科で実践できる環境,そのために必要な予算について,採択されるかどうかはともかくとして,提案する場が存在する環境,その研究成果を「研究紀要」などで発表する場がある環境,などである。
 この環境としてもう一つ大切なことは,管理職との関係である。この委員会の活動に,校長や副校長といった管理職は,支援や励ましはしても,指示や命令は良い意味で一切しない。委員会を信頼し,期待し,委員会のやりたいようにやらせてもらえた。教員はもともと「はたらきもの」である。この「勤勉な精神」「教育への情熱」「奉仕の精神」「研究心」をいかに引き出すかが,管理職の仕事の一つであろう。管理職だけでは学校を運営することはできない。教官の潜在能力をいかに引き出すかが,管理職の手腕とも言える。この点,理解ある管理職のもと,教官の能力はいかんなく発揮されたと言える。
また,教育工学委員の中に,「情報教育」の専門家がいなかったことも良い結果を生みだしている。教育工学委員の全員が,「情報教育」の専門家を自負してはいない。むしろ,それぞれが,素人だと認識している。したがって,怖いもの知らずで言いたいことが言える。しかし,プロとして,教科教育に対する意識と技量はきわめてて高い。各教科にとって必要とする「情報教育」を持っており,それを実現するためにはどうすべきかを,お互いに率直に戦わせてきた。必要だと思うことを各自が学習し,お互いに伝えあい,さらに高めることができてきた。
このように様々な条件に恵まれ(というよりも,そのような環境を作り上げることに成功したといった方がよいかも知れない),常により良い教育を実現させたいと考え,これを実現しようとする前向きの行動力が教育工学委員会を支えてきたのであろう。

私達は,以上についての分析を科学的に行っているわけではない。したがって,あくまで推測の域をでないが,今後,学校経営に関する研究の一つとして研究する価値はあると思われる。この研究は,むしろ高校とは別の第三者(大学など)により行われることが望ましい。