テキスト ボックス: 理科授業におけるコンピュータネットワークの活用実践

東京学芸大学教育学部附属高等学校 物理科 川角 博

1 あらゆる教科でのコンピュータネットワーク活用のために

 世はインターネット接続が進み,日本中の学校がインターネットに接続されようとしている。インターネットが自分の学校に接続されるからといって,特別な授業をしなければなどと頭を悩ますことはない。

コンピュータネットワークの強力な能力が発揮されるのは,いつもの普通の授業や普通の学校生活の中で,教師や生徒たちがあたりまえのようにコンピュータネットワークを活用するときである。すべての学校に導入しようとしているくらいなのだから,生徒も教師もみんながあたりまえのように,これを活用すればよいのである。特別な授業を考える必要はない。

ただし,施設設備が導入されただけでは,みんなで空気のような存在としてコンピュータネットワークを活用することはできない。人的環境,教師と生徒,それに保護者などの意識環境の整備も必要である。

 

2 本校のネットワーク環境

 校内には,ほぼ隈無くethernet回線が張り巡らされ,全ての研究室,普通教室,特別教室,体育館,講堂等から,専用線でインターネット接続ができる。生徒はホームルーム以外でも,コンピュータ室と視聴覚室等で合計約90台の端末(Mac中心)を放課後などにも利用できる。生徒は校内のどこからでも各自のホームディレクトリにアクセスできる。ここを利用して,メールの利用,Web等での情報発信も自在である。

 MacUNIXとのファイル共有は,UNIXのフリーソフトnetatalkにより実現している。これにより生徒は、まるで端末のフォルダーをクリックして開くのと同じ感覚で各自のホームディレクトリを利用できる。もちろんここには,任意のファイルを置くことができる。

 このように,生徒にとって自由に使えるコンピュータネットワーク環境が存在し,その使い方も必修「情報」授業によりサポートされている。このため,各授業で教官が生徒に,コンピュータを利用した調査,分析,プレゼンテーション,情報発信,メール活用等を当然のように指示できるのである。つまり,本校ではコンピュータネットワークを利用して調査,分析や報告することは,ごくあたりまえのことなのである。現代文や古典から,芸術,保健体育に至るまで,あらゆる教科があたりまえのようにコンピュータネットワークを活用している。

 

3 理科でのコンピュータネットワークの利用

 理科に限らず,本校の生徒用スタートページには,各教科・科目ごとにリンク集が入れてある。生徒が調査分析に便利なサイトを,教官の研究室のブックマークから取り込んでいる。もちろん,各種検索エンジンも充実している。

 また,全校生徒のホームページへのリンクもあり,ここから教科の課題に対するレポート等をみることができる。これは,教官だけではなく,全校生徒も見ることができるので,他の生徒の考え方をうかがい知ることも可能である。

3.1地学での利用

(1)     遠隔授業;普段の授業では聞けない専門家による授業を,普段の教室でうける。例:国立天文台の研究者による天文の遠隔授業,東京学芸大学(本学であるが,大学と高校は遠く離れている)から,恐竜の足跡に関する特別講義等を行ってきた。

(2)     地学実習レポートのWeb上での共有,地学実習情報を地学のページにのせて生徒に提供する。

(3)     英国ブラッドフォード大学が所有するカナリー諸島にある遠隔操作望遠鏡をWebで利用し,昼間にリアルタイムで天体観測が行われる。

(4)     その他地学に関わる様々な情報提供,リンク集を地学ページにのせる。

3.2化学での利用

(1)      化学のFAQ:生徒が行う化学実験にリンクしたよくある生徒の質問,疑問とその答えをWebで実験情報として発信する。質問は,おもにメールで受け,これをもとにWeb上に実験ごとに回答をのせていく。

(2)      コンピュータシミュレーションによる分子構造の理解:タッチセンサ付きのマルチメディアボードを利用して,立体的な分子構造モデルを様々な角度からの観察する。これは分子構造の理解に役立っている。また,生徒自身がシミュレーションソフトにより様々な異性体を作り,その構造を見るとともに,ネットワーク上で情報を共有して,他の生徒にも情報提供する。

(3)      実験中には,マルチメディアボードに実験関連情報を載せておき(化学科のホームディレクトリに実験情報を蓄えておき,必要に応じて取り出す),実験中に疑問点を確認したり,マルチメディア情報によって実験方法などの説明も提供される。

3.3物理での利用

 コンピュータネットワークの活用例を,以下に挙げる。

(1)レポート提出

 ネットワークを利用したレポート提出には,3つの方法がある。

・電子メール添付による提出

 この場合,締め切りぎりぎりでも,自宅から(インターネット環境があれば)容易に提出できる。ワープロにより多彩な表現ができる。印刷しなくて良い。レポートを電子ファイルとして保存しておける,といった利点がある。

 一方,問題点もある。締め切り日にメールが殺到する。自宅からの発信の場合,コンピュータやワープロ環境が様々で,受信側で対応しきれないことがある。また,赤字を入れる添削等がしにくい。この点を考えると,紙に従来通りのレポートの方が扱いやすい。

・ネットワーク上の共有フォルダーに送信する。

 校内ネットワークには,外部からはアクセスできないので(セキュリティー上の問題),電子メールほどの利便性はなくなるが,メール添付に近い利便性はある。

Webページによるもの

 あらかじめ各自のレポートファイル名を決めさせて(例;phyrep2a01.html)これを各自のホームディレクトリ(本校の場合,Web上では,http://www1.gakugei-hs.setagaya.tokyo.jp/~g46a01/phyrep2a01.html(これは架空)のようになる)に置かせる。そこへのリンク先を物理ページに入れておく。現在,情報授業レポートや一部の科目でこの方式をとっている。

 この場合,Web上でレポートの閲覧がしやすく,生徒間の比較も容易である。生徒が班の内外等でのリンクを貼れば,ハイパーテキスト的なレポートにもなる。さらには,cgiなどの利用により,動画やシミュレーションなどもレポートに組み込める。

 これまでレポートは,教師にしか見られなかったが,Web上に公開すれば,生徒同士でも読むことができ,より多くの考え方や見方に触れることができる。メールなどで,相互評価を交わすこともできる。

 しかし,ワープロほどの表現力はない(現在のブラウザ性能では,全く問題はない)。また,インターネットなどから安易に図,写真などをコピーしてくると著作権上の問題が出てくる(Web上に乗せる場合には,不特定多数に情報発信されるので,著作権問題がつきまとう)。生徒個人が,レポートの公開を拒否することもあり得る。

 いずれの場合も,自宅にコンピュータがないと全て学校内で仕上げねばならないことになる。様々な思考を繰り返し,実験をやり直し,計算を重ねて作り上げるレポートを,数少ない校内端末だけで仕上げるのは大変であろう。

(2) メールによる指示や情報交換

 クラス毎にメーリングリストが作ってあるので,必要な指示などはそこに送信すれば良い。印刷の必要がなく,授業の直前でも全員に指示できる。生徒も,班員間での情報交換には便利である。測定データの共有(場合によっては,他班とのデータの交換も可能)等ができる。もちろん,不正なコピーもやり易いと言えるが,それは別途指導すべき問題である。

(3) ファイル共有によるファイル配布

 校内には,サーバー上のguestフォルダー(パスワードなしに誰でも読み書き自由)と読み出し専用フォルダを持った端末があり,授業などで必要なファイルはここに置いておき,メールで指示しておけば,各自の端末にダウンロードして利用できる。また,提出ファイルは書き込み専用フォルダやサーバー上のguestフォルダーにアップロードさせることができる。

(4) 実験の分析への利用

 実験は測定することではない。データの分析が大切である。しかし,実験時間は十分に取れない。そこで,時間中にデータだけ取って,あとは宿題としていることはないだろうか。コンピュータ支援により,実験について思考する時間を作り出すことも,場合により必要であろう。表計算ソフトさえあれば,データの分析や数値積分によるシミュレーションもでき,「・・・・・は摩擦が原因と思われる。」などと言った単なる推測でなく,具体的にどれほどの摩擦があったはずかの吟味やその妥当性も論じることができる。このとき,Web等を利用して情報検索すれば,摩擦係数の実際の値を調べることもできる。

(5) 学習関連事項の検索

 例えば,ドップラー効果について学習した場合,これが実生活の中でどのように関連しているのかを検索エンジンなどで調べ,物理を身近なものとして理解できる。

(6) その他

 以上は主に生徒の立場での利用であったが,教員の利用例を項目のみ挙げる。

Webによる実験情報などの発信

Webによる実験情報,データ,人物や歴史エピソードなどの検索

mailAnarchiefetchによる大学などのファイルサーバーからの各種ファイル(データやシミュレーション等色々ある)の検索,取得。

4 インターネットの前に生徒実験

 以上の利用は,多くがイントラネットで十分である。校内ネットワークさえできていれば,インターネット接続はそれほど必要ではない。インターネット回線が各校に導入されるからといって,これを何とか理科の授業に使おうと考えるのはおかしい。その前に,生徒に実際の自然現象を観察・実験させ,そこから自然界の仕組みについて考えさせる方が先である。「生徒が発信に値する情報を実験から作り出せる授業」をしなければ,引用ばかりの価値のないレポートが増えるだけである。

 

参考文献

「あらゆる教科でのコンピュータネットワーク活用のために」東京学芸大学附属学校 研究紀要 第28集 20017月 東京学芸大学教育学部附属高等学校教育工学委員会

 

物理におけるインターネットの利用」日本理科教育協会「理科」第30巻 第2号 川角 博

 

写真提供

田中義洋(東京学芸大学教育学部附属高等学校 文部科学教官 地学)

坂井英夫(東京学芸大学教育学部附属高等学校 文部科学教官 化学)