第54回校長BLOG
令和7年度 第1学期 始業式 校長講話
令和7年4月7日(月)
2年生、3年生の皆さん、こんにちは。今年度から校長を務める羽田邦弘です。どうぞ、よろしくお願いします。
私は、かつて埼玉県の県立高校で英語を教えるところからキャリアをスタートさせました。教員時代はイギリス留学やアメリカの大学院での研究を経験した後、埼玉県教育委員会で高等学校教育の改革に長年取り組みました。また、県立高校の校長としても勤務し、さまざまな教育現場を経験してきました。しかし、こうした私のキャリアの中で、私の教育観に最も大きな影響を与えたのは、JICA(国際協力機構)での国際教育協力の仕事と、この3月まで勤務した大学での教員の経験です。
JICAでは、「JICA地球ひろば」で2年間、教育に関するアドバイザーとして勤務する機会を得ました。そして、東南アジアやアフリカ、南米の国々の教育現場を訪問する経験を通して、日本の教育の持つ可能性や強みを客観的に捉え直すことができました。一方で、世界における教育格差や、社会や経済の発展度合いによる先進国との軋轢など、グローバル社会が直面する現実的な課題も深く知ることができました。
また、大学では教員養成課程の授業や課題解決型の授業を担当しました。そこで強く感じたのは、多くの大学生に見られる「挑戦することへの消極的な姿勢」と「正解を直線的に求めがちな姿勢」でした。皆さんも、つい安全な道を選びがちではないでしょうか。
今日は、そうした私の経験から皆さんに伝えたいことが、2つあります。
一つ目は、自分の価値観をアップデートし続けることの重要性です。私たちは しばしば、自分の中の狭い基準に縛られて、広い視野を失ってしまいがちです。「途上国は遅れている」とか「日本の教育は先進国に劣っている」といった、かつての私自身の先入観もそうでした。マレーシアやザンビアに行った時、複数の教育者から「日本の教育制度を目標にしています」と本気で言われた時、日本が持つ教育の強みを改めて認識しました。また、ブラジルやフィリピンでは、教材も乏しく経済的にも恵まれない環境の中で真剣に学ぶ子供たちを目の当たりにし、人間が本来持っている「学びたい」という純粋な意欲にも触れました。さらに、ラオスでは、人々が家族や人間関係をとても大切にしている姿を見て、我々が失いかけている重要なものを思い出しました。
現代のような、情報があふれる時代では、自分の中に生まれる無意識の前提を「疑ってみる力」が、思考を深める起点になります。閉じた価値観に自分を置かず、常に発散型の思考でいてください。
二つ目は、「勉強する」ことの本質を深く考えることの重要性です。大学で教えていて感じたのは、「勉強が目的化してしまっている」学生が多いことでした。偏差値や試験合格が、依然として「勉強の成果」として強調される社会ではありますが、私は皆さんに、勉強をもっと本質的なものとして捉えてほしいと思っています。
「勉強」というと、大学入試のため、または自分の興味関心のためというイメージが強いでしょう。しかし、本当に意味のある学びとは、社会に出てから直面する未知の課題を乗り越える力、を育てるものだと考えます。そこには必ずしも正解はありません。自ら考え抜き、周囲の人と協力しながら、納得できる答えを創り出していくことが求められています。
皆さんが取り組む勉強を、単なる大学入試の突破という目標にとどめることなく、今後の「人生を切り拓くための深い学び」として捉えてほしいと思います。本校での学びの時間を通じて、皆さんが、真に主体的かつ創造的な学習に挑んでいくことを期待しています。
午前中に313名の新入生を迎えました。新しい一年が始まります。皆さん自身が新たな風を起こし、本校の更なる発展を牽引してください。教職員一同、皆さんの挑戦を全力でサポートします。
今年度も、共に頑張っていきましょう。
第53回校長BLOG
令和7年度 入学式 校長式辞
第72期 313名の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。
在校生および教職員を代表して、皆さんを心より歓迎いたします。
保護者の皆さまにおかれましても、お子さまの御入学、誠におめでとうございます。これまでの御支援と御尽力に、深く敬意を表します。
本校は、1954年に設置され、以来70年にわたり、教育実習生の受け入れを通じて教育の未来を支えるとともに、高等学校教育の改善と改革の拠点として、多くの研究開発に取り組んでまいりました。こうした伝統のもと、新入生の皆さんには、先生方と共に、大いなる好奇心を持って学び、多様な活動にチャレンジして欲しいと思います。
今、社会は急速なデジタル化と情報化の波の中にあります。Z世代に続α世代を生きる皆さんにとって、スマートフォンやパソコンは、日常生活と切り離せない存在となっていることでしょう。自分の欲しい情報が瞬時に手に入り、自分の興味や関心に最適化された環境の中で、効率や即時性が優先され、「自分に合わないもの」や「関わりたくないもの」とは、自然と距離をとる、そんな状況が生まれています。
しかし、成長や発見のきっかけは、必ずしも、自分にとって快適なものの中にあるとは限りません。むしろ、自分とは異なる価値観や未知との出会い、思いがけない出来事―そうした“偶然”こそが、新たな視野を開くきっかけになります。
学校とは、皆さんに最適化された学びだけを提供する場ではありません。時には興味がわかない教科、得意ではない活動、気が進まない場面もあるでしょう。しかし、それこそが学校の醍醐味なのです。予期せぬ出会いや体験を通して、皆さん自身の世界を広げ、未知の可能性と出会ってください。
この考え方を支持する理論があります。スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」です。この理論では、人生のキャリアの約8割が、偶然の出来事によって形成されると考えます。そして、その偶然は、日々の好奇心や柔軟な姿勢、前向きな行動によって引き寄せることができるとも言われています。
高校生活は、皆さんの人生の土台を形づくるかけがえのない時間です。どうか、柔らかい心で多くのことに触れ、自ら動き、対話し、考え抜いてください。そうすれば、きっとこの学校で、かけがえのない仲間や経験に出会えるはずです。
ただし、忘れてはならないのは、高校の学びはこれまでの基礎の上に築かれるということです。各教科の内容に不安があるときは、まずは自分自身で振り返り、学び直す姿勢を持ってください。そして、悩んだり不安になったりしたら、一人で抱え込まず、担任や教科の先生に相談してください。本校は、生徒一人一人に寄り添い、支えていく体制を整えています。
保護者の皆さま、本校の教育活動は、お子さま一人一人の個性と可能性を大切にし、その成長を支えることを理念としています。今後とも、本校の教育方針に御理解と御協力を賜りますよう、お願い申し上げます。
結びに、本日入学された皆さんの、実り多き高校生活と健やかな成長を心より願い、式辞といたします。
令和7年4月7日
東京学芸大学附属高等学校長 羽田邦弘
第52回校長BLOG
令和七年卒業式
梅の花が咲き、早春の気に満ちたこの良き日に、321名の卒業生の門出を迎えましたことは、学校としてまことに慶びに耐えません。
本日はご多用の中、本学副学長 國仙久雄様をはじめとし、多数のご来賓の皆様のご臨席を賜りまして、卒業生の門出を励まし、祝福して頂いております。ご来賓の皆様の温かいお心遣いに深く感謝いたしております。高いところからではございますが、学校を代表し、厚く御礼申し上げます。ありがとうございます。
卒業生の皆さん、卒業、おめでとう。旅立つ気分はどうですか。三年前、高校という新しい環境に飛び込み、緊張していたのが今はずいぶん昔のように感じられることでしょう。あの入学式の少し前に、ロシアによるウクライナ侵攻があり、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていました。私は入学式の挨拶で、「地球温暖化やグローバル化、データサイエンスとバイオサイエンスの急激な進歩」について語りました。「これからの国際社会は、Society5.0に象徴される超情報化社会と、一時代前の力による支配とが両立併存する不安定な状況に突入する。私たち一人ひとりと日本はどのような立ち位置でこの難関にあたっていくのか。ここ十年が勝負だろう」と言いました。残念ながら悪い予想は当たってしまい、現在は当時よりさらに不安定な状況です。生成AIの進歩で情報化社会は加速度的に進んでいますが、そのAI自体が社会の不安定化要因になっています。ウクライナに加えてパレスチナでの紛争も心配です。地政学的危機は三年前より深刻です。
こんな時こそ、皆さんの出番です。これからの社会で最大多数の最大幸福を実現するため、強く、かつ心優しい人間になってください。そのために、本校卒業後も、社会に出てからも、一生学び続けてください。回り道でも、そしてそのことを周囲から誹謗されても、客観的な事実を基に論理的に考えて判断してください。時代の一歩前を読み、半歩前を進んでください。それぞれの持ち場でイノベーションを引き起こし、国際社会に貢献する人間になってください。
皆さんに要求している生きる姿勢は、皆さんに困難を強いるかもしれません。それでも、本校で鍛えた知力と体力と気力で乗り切ってください。選択に困った時には、敢えて困難な道を選ぶことが最善の選択だったということがよくあるものです。
本日、来賓として出席いただいている同窓会・辛夷会会長 川合眞紀様をはじめ先輩方は、附高で学んだことをもとに、時には一人で時には他と協力して、リーダーとして世界に貢献されています。それぞれの先輩方が、個性的で広く深い能力をお持ちですが、全ての先輩に共通の能力が一つあります。それは、簡単にはあきらめず、粘り強く努力し続ける能力です。社会に有用で創造的な仕事ほど、簡単には成就できません。どんな成功者も最初は失敗続きです。しかし、その失敗を生かし、失敗から学ぶことが成功につながるのです。一所懸命努力して失敗するのは向こう傷です。向こう傷は、誇りにこそすれ恥じることではありません。入学式で、私がそう叱咤激励したのを覚えているでしょうか。
ところで、三月で附高を卒業するのは皆さんだけではありません。私も今年度で附高を卒業です。皆さんが私の附高時代の最後の卒業生です。皆さんとは異なり、私は卒業までに八年間もかかりました。赴任当初には新しい環境で心細かったのを覚えています。しかし、先生方、後援会泰山会、同窓会辛夷会の皆さんと、そして何より生徒の皆さんに支えられ励まされ、何とかやってきました。辛いときには周囲に相談し、頼り、「焦らず、慌てず、諦めず」の勤勉な楽天主義で困難を乗り越えてきました。
環境が変わることはストレスではありますが、そのストレスに積極的に立ち向かうと、面白さもあります。自分から働きかけ環境を変えていけば、やりがいが生じます。困難な中にこそチャンスがあり、充実した生活があります。
卒業生の皆さん、三年間の附高生活で身につけた本物の力で、世界という荒海に堂々と漕ぎ出してください。保護者の皆様と附高は、灯台となり風待ちの港となって、しっかりと皆さんを見守り続けます。卒業生の皆さんが良い航海を成し遂げるよう祈っております。
Bon voyage!