第31回校長BLOG

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されど『マキャベリズム』、または理想と現実との相克

校長 大野 弘

先日、卒業生から、校長ブログを楽しみに読んでいると聞いた。本当にうれしかった。自分の思いを受け止めてくれる人がいるということは、何よりも力になる。読者の皆様、有難うございます。

さて、ロシアによるウクライナ軍事侵攻から3週間あまりとなる。一刻も早い戦争終結とウクライナに平和が戻ることを心から願う。

この軍事侵攻の原因については、ロシアによる過剰防衛(アメリカとNATOにより自国の安全が脅かされるのを防ぐためとの思い込み)という見解が多数のようだが、本当の理由はなかなか分からないし、将来にわたりすっきりしないかもしれない。ただ、私は、たとえどんな理由があろうと、トラブルを戦争で解決しようということは最悪の行為だと考える。

因みに、これと似た行為は、ソビエト連邦(とその友好国の軍事同盟であるワルシャワ条約機構軍)がハンガリー(1956ハンガリー動乱)やチェコスロバキア(1963プラハの春の弾圧)に攻め込んだことに見られる。どちらも、ソ連の考える社会主義体制とは異なる社会主義体制を築こうとしたため反発された。これは、私の偏見だが、どうも軍事的に強力な国は、君主制か社会主義か民主主義かといった、形式的な社会体制の違いにかかわらず、その国の内外に強力に抑制しうる者・組織がないと暴走しがちである。

一方、そのソビエト連邦に大いに逆らいながら攻め込まれなかった国もある。ユーゴスラビアとアルバニアである。ユーゴスラビアはスターリンと対立し、逆にアルバニアはスターリン批判をしたソ連と対立した。しかし、どちらの国も、ソ連やワルシャワ条約機構軍に攻め込まれることはなかった。

ユーゴスラビアは社会主義国でありながらアメリカの支援さえも受けて軍備を増強するとともに、アラブ連合共和国(エジプトとシリアが連合していた)やインド、インドネシア等の国々と非同盟諸国というある種の『同盟』関係を築いていた。さらに、チトーという強いリーダーが長期に支配していた。

アルバニアもソ連と対立して、当時ソ連のライバルであった中国に接近、軍事援助を得て当時としては強力な軍隊を持つと共に国内にトーチカや核シェルターを配備するなど国をハリネズミ化し、指導者ホッジャのほとんど独裁ともみえる強力な国内管理を行った。

つまり、軍事大国に攻められない要因として、この少ない情報からのみで考えれば、①ある程度強力な軍備、②適切な同盟・外交、③国内の安定、ということになる。

これは、先に述べた、戦争は最悪という見解に矛盾するかに思える。理想的には『非武装中立』、一切軍備を持たずどこの国とも軍事同盟を結ばないことが望ましいのである。ところが、今、世界中で文字通り非武装中立である国を私は知らない。武装中立であったスイスやスウエーデンでも、今回のロシアのウクライナ侵攻をみて中立路線を見直そうかという動きがあると聞く。されど『マキャベリズム』という所以である。

ルネッサンス期にフィレンツェ共和国に仕えたマキャベッリ(1469-1527)は、自国を守るために、自前の軍隊と適切な同盟・外交、そして国内の安定が必要であると説いた。マキャベリズムというと、目的のためには手段を択ばないということだけだと思われがちであるが、外交官として当時の紛争やまないイタリア半島で実際に交渉・調停にあたっていた人物が、現実主義に立って国のあり方や戦争について語っているのである。少なくとも『反面教師』として読んでみる価値は大いにある。

ということで、今この世界情勢の中での今月の1冊。『君主論』、ニッコロ・マキャベッリ、岩波文庫他。

 

第30回校長BLOG

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2学期終業式挨拶または厳しい状況下の生き方について

 

今日は12月24日、クリスマスイブです。

新型コロナウイルス感染症もやっと小康状態で、皆さんもほっとして、楽しい時を過ごそうと思っていることだと思います。しかし、オミクロン株の感染が広がろうとしているようなので、感染症予防には十分に気を付けつけてください。

クリスマスは、キリスト教ではキリストの降誕の日、すなわち神が天より降りてきて地上で人として生まれた日とされています。しかし、キリスト教以前の古代ローマでは12月25日が冬至であり、その日から日が伸びはじめる日、つまり太陽の復活と誕生の日として祝っていたとのこと。それで、キリスト教がローマの国教となるのと前後して12月25日をキリストの降誕の日として採用したのではないかとの説があります。

冬至は日が短くなり昼が最小となった時です。下に凸の二次曲線は極値を過ぎると増加していきます。冬来たりなば春遠からじ。最悪の状況は長くは続きません。今が最悪なら、あとは上昇するのみです。冬は春を準備する季節、静止しているようでいて内部は活発に活動しています。木の芽は今が成長期。冬の寒さに耐えてこその輝かしい新緑です。

ベートーベンは音楽家として最も大切な聴力を失ってから、名曲の森と言われる傑作群を作曲しています。交響曲第3番英雄以降の全ての名曲がハンディを抱えての苦悩の中で生まれたとは驚きです。人生において最悪の時と自分で思っていた時期が、実は最高の時またはその準備期間であったということがままあります。

冬真っ盛りのこの時期に春を思い、春のために準備することが大事です。3年生をはじめ皆さんはまさにその時を生きているわけです。一人では抱えきれない重荷なら、遠慮なく周囲を頼ってください。そして、今を大切に生きることにより、来るべき未来に備え、希望と勇気をもって進んでいってください。

良い年を迎えてください。Merry Christmas and a Happy New Year!

 

終業式あいさつでは入れられなかった今月の一冊

ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』みすず書房。最悪の状況と言っても、著者がおかれたナチスによるユダヤ人収容所への収監ほどのことはないでしょう。この最悪の状況で、人間としての尊厳を損なうことなく生き抜いたフランクル。「どんな状況であっても人生には意味を見出すことができる」。とにかく読んでください。

第29回校長BLOG

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ブックレビューについてのブックレビュー

または、『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』について

校長 大野 弘

今回は大好きな本の話で終始する。

私は、「書を読め、家に籠れ」を旨としてきた。百聞は一見に如かずの逆で、極端な意見ではある。しかし、実際に何かを見たとしても、得られた情報を処理するための方法と基礎知識とが身についていなければ、意味のある情報は得られない。敢えて『時代遅れ』の意見を聴いてもらいたい。

現代の国際社会で、我が国にとり最も重要な国はアメリカ合衆国であろう。中国もかなり重要な国になりつつあるが、少なくともこの5年間はまずアメリカである。アメリカは、面積も人口も大きな国であり、最強の軍事大国かつ最大の経済大国である。この大国の全貌は、短期間、ある地域に滞在したからと言って理解できるものではない。長期間、複数の州で暮らすことが難しい一般の日本人にとって、次善の策として、本で理解を深めるということがありうる。

『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』、渡辺由佳里、亜紀書房、によると、会話のきっかけとして、世界中の多くのビジネスマンがよく選ぶのが「最近読んだ本」

という話題だそうだ。そんなことから、現代のアメリカを知るためには、アメリカ人が読んでいる本を知ることだと筆者は考えるようになったという。「ベストセラーになる本が優れているとは限らない。だが、多くの国民が何に関心を寄せているのかを垣間見ることはできる。だからこそ、本の内容だけでなく、ベストセラーという現象の背後にある社会情勢を考えることが重要なのだ。」私も筆者の考えに賛成である。

私が考えるに、筆者のバイアス(判断の前提となる考え方のパターン)は、穏健な進歩派(自由より平等重視、でも社会主義的ではない)、穏健フェミニスト(男女で機会平等であるべきという主張だが、反対者への強い攻撃姿勢はない)である。因みに、私のバイアスは、穏健保守(平等より自由重視、でも市場原理主義的ではない。結果重視だが結果が全てではない。)である。このことを前提に以下を読んでほしい。

この本で、特に注目したのは、次のⅠ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴの3つの章である。

Ⅰ アメリカの大統領

まずは「前大統領」の暴露本のベストセラーが数冊、それらの主張は確かに私もそうだとは思うが、いまだに影響力の強い「前大統領」という現象を理解するためには、敢えて「前大統領」を評価している本も取り上げるべきではないかとも思う。ベストセラーにはそういう本が無いのだろうか。

私が読みたいと思ったのは、『Portraits of Courage』G. W. Bush、ブッシュ元大統領が描いたアフガニスタンやイラク戦争で負傷した軍人の肖像画集だ。元大統領の「その後の改心?」が伺われるとのこと。

そして、私が既に読んでいて面白かった『WHAT HAPPENED』ヒラリー・クリントン、光文社。大統領選に敗れた後に記した回想録。論理的、合理的で、情熱的な彼女の文章を読むにつけても、資質においてはるかに上回ると思える「彼女」がよりにもよって「彼」に何故勝てなかったのかと思う。いや、当時のアメリカ社会の「大衆の反逆」的状況により、「彼」にこそ勝てなかったのだろう。書名を挙げなかった幾冊かの前大統領批判書と読み比べると理解が深まる。

Ⅲ 移民の国、アメリカ

この章で私が読みたいと思ったのは、『世界と僕の間に』タナハシ・コーツ、慶應義塾大学出版社。「白人の国アメリカ合衆国」でアフリカ系アメリカ人として生きることがどういうことかを描いたエッセイ。アメリカの現実の一面を深く理解できそうである。早く手に入れよう。

Ⅳ セクシャリティとジェンダー

現代アメリカを語る上で、フェミニズムは避けては通れない課題である。『THE FEMALE PERSUASION』Meg Wolitzer、は穏健フェミニズムの小説である。ラジカルなフェミニストからは批判され、もちろん反フェミニズムの人からも批判されているそうだ。アメリカにおける理想と現実との微妙な関係を描き、フェミニズムのみならずアメリカ社会全体をとらえた小説だそうである。

Ⅴ 居場所のない国

この章からは2冊。

アメリカにおけるソーシャルメディアといじめを扱った『AMERICAN GIRLS』Nancy Jo Sales。アメリカでもネットいじめは酷いようだ。さらに、『いいね』を求めて見栄の張り合いになり性非行にも繋がっているそうである。日本の今とすぐ目の前の未来を見るようである。

もう一冊は、『ラボ・ガール』Hope Yahren、化学同人。これは前書と違い、読後感爽快であることを保証できる。私は、レビューを読む前からこの本を注目してざっと流し読みし、近いうちに熟読しようと決めてあった。ハワイ大学で「地球生物学Geobiology」を研究する、生物が三度の飯より好きな、そして双極性障害のある「リケジョ」の女性の回想録である。研究室における女性であるハンディキャップ、自身のもつ障害からのハンディキャップはしっかりと描かれているが、何と言っても、生物が好き研究が好きで「仕事」に夢中になっている人間が現実感をもって表現されている。しっかり読む前からわくわくする、熟読する時が待ち遠しい一冊である。

以上の紹介されたベストセラーで、日本の出版社名があるものは翻訳がある。翻訳が無いものも、皆さんの英語力なら少し努力すれば読めるだろう。是非挑んでほしい。そして、今のアメリカを読み取ってほしい。

ということで、『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』自体も必読である。