第25回校長BLOG

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令和三年度 卒業式挨拶より

さて、卒業生の皆さん、卒業、おめでとう。皆さんは、約三年前の入学式の私の挨拶を覚えているでしょうか。私は、皆さんに国際社会に貢献するイノベーターになってほしいと願いました。そのための基盤を、本校の三年間で身に付けてほしいと言いました。そのためには、三つの心掛けが大事だと言いました。この三つを覚えていますか。

第一は、志を高く持ち、かつそれを持ち続けること。第二は、日々を着実に丁寧に過すこと、第三は、メリハリをつけた生活をしてほしいということです。きっと、皆さんは、この三つを本校の学習や行事や部活動の中で体現してきたことと思います。特に三年生での困難な状況下で、皆さんは忍耐力を発揮し、懸命に高校生活を充実させ、学習に励んでくれました。その成果は個々の生徒に明確に表れています。

皆さんは本校の三年間を通じて、国際社会で活躍できるだけの、学びの方法と、知の探究への意欲と、そして自ら運命を切り開いていく力とを身に付けました。これらの力と経験は、今後皆さんが危機に直面する度に、皆さんを支え元気づけることと思います。

皆さんが卒業後出ていく社会は、コロナウイルス感染症の猛威の後遺症が残り、さらなる学びのためには最善の環境とは言えないかもしれません。しかし、こんな状況の時にこそ、人間としての真価が問われます。

情報を自ら検証し、一方的で短絡的な偏見を排して分析し、柔軟でバランス感覚に富んだ判断をしてください。在学中のいろいろな式辞の際に、度々強調してきたのが、この「大衆の反逆」の時代にポピュリズムに陥らないでほしいということでした。SNS等で流布されている、自分だけが正しく他は全て間違っているという一部の言説を、自ら検証することなく信じれば、黒白がはっきりしていて自分で考える必要がないため「楽」です。しかし、それでは、知の創造はできません。現実を前にして、大いに悩み、大いに考えてください。

成果を急ぐ必要はありません。このような時代は、自分と周りの人々の健康と安全を第一に考えつつ、着実に学び、自らを鍛えていくことです。コロナ禍で養った力は、どんな時代にも適応するタフな創造力となっていくことでしょう。

そして、いつの日か、皆さん方一人一人が、自分の中に育て蓄えた力をもって、自然環境も、経済環境も、そして政治情勢も危機を迎えているこの世界に、イノベーターとして貢献していってください。私は、本校の「本物教育」を受けた皆さんが、世界に貢献する人間になることを信じていますし、心待ちにしています。

しかし、真剣に課題に立ち向かい、誠実に対応していく中では、時には疲れることもあるかと思います。そんな時には、本校で共に学んだ仲間を思い出し、会って話してみてください。高校時代の三年間を共に過ごしたことは、長い人生の中で、短くも輝かしい体験であり、仲間は本当に大切な友です。悩んだときにはひとりで考え込むだけではなく、信頼できる人に話すことで道が開けていくものです。共に学んだ仲間には、教職員も含まれていることを忘れないでください。

さて、皆さんに勧める最後の一冊。前にも紹介したかもしれませんが、読んでいない人には是非読んでもらいたい。『福翁自伝』。言わずと知れた幕末から明治にかけての最重要の思想家 福沢諭吉の自伝です。岩波文庫等で読めます。

私が福沢を好きなのは、彼が「勤勉な楽天家」だからです。彼の人生は起伏に富んでいます。中津藩の下級武士に生まれ、早くして父親を亡くします。後ろ盾のない状況で、自己実現のために故郷を出て大阪の適塾に入り、必死に蘭学を勉強して頭角を現します。しかし、せっかく蘭学者としての能力を認められかけた時に、オランダ語は時代遅れだということに気づき、急いで英語を勉強し直し、咸臨丸のアメリカ訪問に紛れ込んで世界を見てきます。その後も、維新直後、慶應義塾の創成期での東京の争乱を始め「危機的状況」は目白押しです。

しかし、彼はくじけません。まあ何とかなるだろうという楽観主義の下、その時自分ができることを懸命にやっていきます。危機の時には、「自分の為すべきこと、自分の為せることを、為す」。

極めて単純にして、極めて難しいことです。楽天的であることが大切です。為すべきことを力の限りやっていれば、後は余計なことを考えずになんとかなるさと開き直ることも大事です。『福翁自伝』は、辛い時に読めば「熱くなり」元気が出る本です。是非一読を。

 

校長BLOG(号外)

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大学受験について、または3年生に送る言葉

 3年生の皆さん、今日は。お元気ですか。附属高校では一般入試の発表が終了し、普通の活動が戻ってきました。とは言っても、新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言下で課外活動の制限は変わりません。3年生の皆さんも、とにかく体調に気を付けて感染しないようにしてください。

国立大学の2次試験が今週末にあり、今年度の大学受験もいよいよ佳境に入りました。多くの皆さんが、今週末の試験に備え、最後の努力を傾けていること思います。ここまで来たら、最後は気合です。試験当日に実力を遺憾なく発揮できるように心がけましょう。

現役は試験当日まで伸びる、とよく言われます。ぎりぎりまで勉強すること、最後まであきらめず目標を目指すことが大事です。万万が一、期待した結果が出なくても、翌年に結果を出せるのは、今、直前まで食いついて勉強している者です。

私の失敗談を話します。約半世紀前の今頃、さる大学の2次試験を受けました。2日にわたった試験で、1日目に国語と数学、2日目に英語と理科がありました。私は理系だったにもかかわらず数学が苦手で、国語と英語と理科が得意でした。1日目に数学が半分ほど取れて、国語と英語は予想通り7割ほど取れたと思いました。理科は模試では最もポイントを稼げる教科だったので、受かったぞと油断しました。ところが、その理科の、特に得意だった化学の1問目がいくらやっても解けません。慌てて2問目に移ったのですがこれもダメ。物理を先にやろうとしましたが、気が動転してこちらもダメです。すっかり調子を崩してしまいました。

今、考えると、大学入試は競争試験であり、極論すれば合格点以上を取れさえすればよく、完璧を期す必要はないわけです。多くの大学の2次試験はせいぜい6割も取れれば合格します。1問くらいできなくともよい。多少の失敗に気持ちを乱すことが怖いのです。一つの大学の受験で小さな躓きは必ずあります。その時に、平常心を持って他の問題にあたることが大事です。事前には熱く勉強し、本番ではクールに挑んでください。

たかが入試、されど入試。私の年になると、生涯にわたって入試の結果が大きく影響することは無いと言い切れます。先に話した失敗も、今の仕事に悪影響を与えているとは考えられない。むしろ、あの小さな躓きは良い経験になったと思っています。とは言っても、当時はきつかった。やはり、努力した結果は成果として現れてほしいし、成功体験は大事です。皆さんには、ぜひ成功体験を積んでもらいたいと切に思っています。一方で、繰り返しますが、たかが入試です。失敗しても必ず挽回できるし、良い経験に変えることもできる。要は、その後の生き方にかかっています。結果に関わらず、努力したことは良い経験として残り、これからの人生を切り拓く大切な力となります。

3年生の皆さんが、体調と気力を整え、実力を発揮し、堂々と戦うことを願っています。

フレー、フレー、3年生!

第24回校長ブログ

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方法序説2

―新型コロナウイルスワクチン、または視点の多様化について―

今日は、「判断の方法」を考えてみよう。題材は14日に承認されたファイザー社のSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)ワクチンの接種について。自分が接種対象となったときに接種すべきかどうかの判断の方法について、その一例を述べよう。キーワードは「複数の視点」と「確率の導入」だ。

まずは、ワクチンの概況を説明する。ファイザー社製ワクチンはその有効性が95%と言われている。予防効果の持続期間は確立していない。副反応は数日内で消える程度のものは半数以上にあるが、アナフィラキシーなど重篤なものは20万回に一回程度。2月17日から医療従事者に接種を始め3月には370万人に広げる。4月から65歳以上の高齢者3600万人に接種し6月末までの接種を目指す。その後基礎疾患のある方、最後は高校生も含め16歳以上の一般への接種となる。対象者には努力義務を課す。接種は無料で3週間間隔で2回打つ。順調なら来年2月にはほぼ全国的に接種が終了する。大規模接種の管理が課題である。以上、日経新聞2月16日および電子版日経メディカルによる。

ワクチンを接種する利点は、感染しにくくなること、感染しても重症化しにくくなることだ。この効果が大雑把に言って95%。これは、インフルエンザウイルスワクチン(30~60%の効果)に比べてもかなりの効果と言える。一方、ワクチン接種のリスクは副反応(副作用)である。注射した部位の軽い腫れと痛み等はかなりの確率であるが数日で軽快する。問題は重症の副反応、アナフィラキシー等であろう。これは医療機関での迅速かつ適切な治療を必要とする重大な副反応である。しかし、この副反応が起こる確率はおよそ20万分の1だという。また、アナフィラキシーは接種後短時間(30分くらいまで?)に発生する。

一般にリスクを考えるときには、それが起こったときの被害とそれが起こる確率との積を考える。極端な例を挙げると、直径10kmを超える天体が大きな相対速度で地球に衝突すると地球上の多くの生物が死滅する(恐竜の絶滅等)と言われているが、そんな衝突の確率は極端に小さい(数千万年に1回?)ので、日本では心配して策を考えている人はごく少ない。むしろ、首都直下型地震(今後30年間に発生する可能性70%で予想される死者23000人)等を心配し備えている。

さて、まずは、個人の視点で考えてみよう。ワクチンを打つことによるリスクは、かなりの可能性で発生する接種部位の軽い痛みや軽い発熱等と、20万分の1ほどの確率で発生するアナフィラキシーであり、後者は重い副反応ではあるが、すぐに医療措置を講じれば必ずしも致命的ではないし、その発生が接種後短時間に集中するのでコントロールしやすいとは言える。もちろん、他のワクチン接種による副反応があった方や食物アレルギーがある方等は、このワクチン接種による副反応も起こりやすいので主治医の判断を仰いだ方が良いだろう。さらに妊娠している方も主治医に相談する必要がある。

これに対して、ワクチンを打たないことによる感染の可能性はどうであろうか。例えば東京都では現時点の累計で10万人ほどが感染している。人口の約100分の1である。感染した時の発症化率と重症化(集中治療室での治療が必要等)率は年齢や既往症の状況により大きく異なる。重症化する人の割合は全年齢では感染者の約1.6%(50歳代以下で0.3%、60歳代以上で8.5%)、死亡する人の割合は全年齢では感染者の約1.0%(50歳代以下で0.06%、60歳代以上で5.7%)である。高校生では重症化率も死亡率もさらに少ない(全年齢の二桁下?)。つまり、ワクチンを打たないときの感染率は100分の1程度であるが重症化率は全年齢では感染者のさらに1.6%ほどであり、高校生に限ると感染して重症化する可能性はかなり低いものと考えられる。

さて、そうなると、ワクチンを接種することのリスクと接種しない場合のリスクを考えた場合、個人としてはどう考えるか。私自身は、東京在住で感染する可能性が結構ある上に年齢的に感染した時の重症化率も高いので、副反応で重篤となる20万分の1の確率とそうであっても接種後早い時間に分かるので治療することにより助かる可能性が大きいことも考えて、接種することを選ぶ。しかし、高校生の諸君は、自分のリスクバランスを考えて、判断に迷う人も多いかもしれない。

そこで、第2の社会的視点である。まずは身近な範囲から考えよう。高校生自身の感染による重症化率は小さいかもしれないが、感染率は東京や神奈川に住んでいれば100分の1くらいはある。そうすると、ワクチンを接種しないことにより高校生が感染すると、ご家族の方、特に既往症を持っていらっしゃる方や、60歳以上のご高齢の方への感染の可能性があり、その方たちが感染すると重症化しかねない。このことは、家族を超えて社会全体をとってみても言える。ワクチンを接種しない結果、若者が無症状の感染者となり感染を広げ、重症化率の高い人々の生命を危険にすることがあり得る。現在の情報を基に社会的視点から考えれば、ワクチン接種を進めるべきであろう。ただし、社会的視点で判断する際は、万が一の個人的リスクを最小にすべく配慮するとともに、重大な副反応が起こったときの社会支援が必要である。

総合的な視点で考えても、ワクチンを接種した時の副反応等の個人的リスクに対して、個人的利点としての発症を防ぎ重症化を防ぐ可能性と社会的利点である感染することが大きなリスクとなる他者への感染防止と集団免疫獲得との総和を考えると、「努力義務」として接種を促すのも妥当だと考える。

このように、複雑な問題を判断する時には、それぞれの確率も考慮の上で、複数の視点で利害を考える必要がある。このことを「判断の方法」として身に着けてほしい。

 

今月の1冊、『21世紀の資本』、トマ・ピケティ、みすず書房。皆さんのご両親は何を今さらとおっしゃるかもしれない。原著は2013年にフランスで公刊され、2014年末に日本訳が出版された。世界的なベストセラーとなっている。長い。厚さ43mm、本文608ページの大部の本である。著者のピケティはフランスの経済学者。社会における格差に注目して研究している。

この本の趣旨は、以下のとおり。3世紀にわたる20か国の統計資料の研究により、①資本収益率(資産により得られる配当金や利息など)は経済成長率(労働所得に関係する)を上回る(荒っぽく言うと、金持ちはより金持ちに、資産を持たぬ人はより貧しくなる)ので、経済格差は拡大している。②この格差を縮小するためには、累進課税などにより利潤の再配分(金持ちから貧しい人へ)を行う必要があるというものだ。

私が最も苦手とする経済の本を読もうと思ったのは、現代のグローバル社会は、まさに格差が拡大しつつあり、アメリカのトランプ政権はそれをむしろ助長するような政策を取ったのに対して、バイデン新大統領の政権は格差是正の政策へと舵を切ったからだ。ピケティの主張が世界を変えていくかもしれない。現代の経済学の大著にしては、数式がほとんどなく、具体的でイメージを喚起する資料と見解が述べられていて、「読みやすい」。全部読まなくて、拾い読みでもよい、一読を。